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The Monet Room

when i was there i was gob-smacked; the monet room is made up of multiple “sub-rooms” with different paintings that make up one specific sighting - it has a very serene atmosphere and the paintings are gigantic! 

(via exvol)

最終章 その1「音質と記憶の話…あるいはメソッドと呼ぶべきか」

今は3月27日午前6時のサンフランシスコにいます。欧州ツアーからアメリカに飛んで、もう時差ぼけで何がなんだかわからなくなってる中でこれを書いております。しばらく間があいてしまいましたが、今回はまた「聴く」にもどります。というのもこれを書いている1ヶ月前に出た雑誌『ユリイカ』でポスト・ノイズの特集をやっていて、この特集のなかで一番わたしの興味を引いたのが、菊地成孔が持ち出してきた iPOD以降の音楽はどうなるのか…という質問の設定と、澤井妙冶が書いているMP3等のデジタル圧縮による音楽再生と記憶の問題でした。このへん考えれば考えれるほど、この「聴く」の話とストレートに結びついてきます。

今手元に肝心の『ユリイカ』がないので引用できないのですが、この点で一番面白い答えを出していたのがネット上での細馬宏通の発言です。『ユリイカ』のほうを読んでない方でも、まずは彼の文章を読んでもらえれば、音質と記憶についての話が少しみえてくると思いますので、まずは長くなりますがこれを引用します。

『聴き方のメソッド化』

大友さんがユリイカの「ポスト・ノイズ」鼎談の中で、iPodの音が耐えられない、って話を書いてるんだけど、逆に言うと、iPodの音質でも生き残る音楽ってのがいろいろあって、それがiPodに乗っかるんだよなあ。そして、残念ながら、というよりはある種の必然なのだが、たとえば大友さんのanodeはiPodでは聞けない音楽だと思うし、じっさいぼくのiPodには入ってない。しかし、それは聞くに値しない、という意味では、まったくない。

これは菊池・大谷両氏のバークリーメソッド問題ともかかわると思うんだけど(といいつつじつはまだ彼らの本を読んでないのだが)、メロディとかコードとかリズムとかいう記号がもはや血肉化されてしまった聴者には、iPod音質で満足できる音楽世界というのがあるんだと思う。とりあえずスーパーベースとハイハットのアタックがあって、たどりうる旋律、たどりうるコード、その他音質の劣化をくぐり抜けてくるいくつかの手がかりがあれば、あとは聞く方でなんとかする、別に直接耳をいじっていただかなくてけっこう、てな、聴き方のメソッド化がすでにして起こってる。つまり、再生に必要なメソッドは聞き手の頭の中にあって、聞くという行為のかなりの部分はじつは聞き手の頭の中に依存している、というのが現状だと思うわけです。
実はこのあたりのことをネットで書いたときに iPODはMP3方式の圧縮録音だけではなくて、もっと音のいいファイルにも対応しています…という指摘を各方面から受けました。たしかにその通りで(だからといって必ずしも音がいいかどうかは別ですが)iPODだけではなく、あらゆる録音再生装置というのは、そもそも原音とは別のものなわけで、ここではその質の良し悪しを言いたかったわけではないのです。とりわけデジタル圧縮を使った再生装置は、iPODのみならず最近のCDプレイヤーなどでも、たとえば15KHzのサイン波を入れたりすると、まったくサイン波とは別物のジーっという歪んだ矩形波のような音になる装置というのは沢山あります。それでもこうした再生装置は、通常の音楽を聴くぶんにはとてもいい音に聞こえたりします。でも、これではFilament BOXなり池田亮司の「+/-」なり、あるいはわたしのCathodeなどはまったく別の音楽に、時にはただのジーっという音だけにすらなってしまいます。

たしか『ユリイカ』の中で澤井妙冶はこれに似た例を出して、音楽には個々人の記憶を参照してする聴取と、そうではない聴取の可能性があるのではないか…というようなことを書いていました。iPOD再生可能なものは前者で、後者の音楽には向いていないというようなことを…違ってたらごめんなさい、なにしろツアー中の 身、手元に資料がないもんで…。この話はとっても面白いし、現にFilamnetにしろ、あるいは、音響と呼ばれるような即興の音楽では記憶にたよらないような演奏をしようとしていた節すらあります。で、今までここで書いてきたデレク・ベイリーの ノンイディオムという考え方の即興演奏も、限りなく、この無意識に稼動してしまう記憶を参照する聴取、あるいは記憶を参照してしまう演奏から逃れようとする試みとも思えてきます。実際、わたしもそんな演奏ができないか、ずっと、ここのところ考えてきたわけです。でも…、でも、なんです。記憶にたよならい聴取とか記憶にたよらない演奏なんて、ありえるのだろうか? って自分で言っておきながら、ふと思うんですよね。勿論そんな理想郷のようなことが出来たらそれは最高に嬉しいのだけれど、そもそも人間の思考なり営みというのは全て脳や何かの記憶によっている訳で、ここから完全に逃げることなんて死以外にはありえない…なんてあたりをここのところグルグルと弱い頭で考えていたのですが、ツアーの日々の疲労の中で、すっかり思考停止しておりました。そんなときに、細馬さんのネットを見たら再び助け舟の文章が、細馬さん事後承諾ですが引用させてください。

『「記憶」と呼ばずに「メソッド」と呼ぶ理由』

さて、前回、「メソッド」っていうことばを使いました。この「メソッド」、頭の中にあるものなんだから、いっそ「記憶」って言ったほうがてっとりばやそうな気がしますよね。じっさい、澤井さんや大友さんの話では、ぼくがこの前書いたのとほぼ同じ話を「記憶」ということばを使って語られています。というか、ぼくが彼らの話を読んであとから書いてるんだから同じ話になって当然なのだ。

で、ぼくは論旨としては彼らにまったく賛成なのですが、「記憶」ということばはちょっとやっかいなので、あえてこれを避けて「メソッド」ということばを使った次第。

というのも、「記憶」に頼る音楽と頼らない音楽、という風に分けちゃうと、じゃあ、「記憶」に頼らない音楽ってなんだよ、と考えたときに、いささか面倒なんです。極端に言えば、あらゆる時間芸術は記憶から逃れることはできない。

たとえば、いままでの記憶を全部とっぱらって、いま、この瞬間の一発に耳を澄ますのが目指すべき音楽か、というと、じつはそうは問屋が卸さない。というのも、「いま、この瞬間の一発」というのは、「瞬間」とか「一発」とかいう言葉を使うからなんだか前後の時間を欠いた点のように聞こえますが、それはやはりある時間の長さを持ってるわけで、時間の長さがそこにある以上、それは記憶からも逃れられない。だから、問題は、記憶を排除するかどうか、ではなくて、そこで更新されつつある記憶がどのようなものか、ということだろうと思います。
あ、なるほど。この更新されつつある記憶…ってところと、記憶ということばを使 わずにメソッドと置き換えているところ、なるほどなあ…って思いました。そもそも人間の記憶というのはどこかに固定されて置かれているのではなく、ゆるやかに絶えず更新されるネットワークのようなものではないか…という考え方があります。これはとっても面白い考え方というか納得のいく考え方で、僕等が絶えず音楽を更新しつづけなくては満足できない理由もここにあるし、なにより生命というものがそういうもののような気すらするのです。彼のネットにおける論考はさらに面白いところまで突っ込んで書かれています。これ本当に面白くて全部引用したいくらいです。もしもネットを見られる環境にあるかたは彼の http://d.hatena.ne.jp/kaerusan/ を見てみてください。とりあえず彼の文章からまた一部を引用します。

ジャズ喫茶やクラシック喫茶の衰退は、学生運動的気風の衰退とか、CDの登場によ るレコード資産の運用の困難化とか、いろいろな説明が付くと思うけど、少なくともその結果現われたのは、オーディオを介した「原音」志向の衰退だと思う。だって、CDが登場したからって、聞き手の住環境がそれほどアップグレードしたわけじゃないもん。(中略)ともあれ、もはや、録音の空気を再生しなくても、わたしたちはなぜか音楽を楽しめてしまうという事態を迎えていることは確かなのだ。そして、それはわたしたちの頭の中の「メソッド」によって可能になっている、ということも。
やはりiPODの登場は単に音の良し悪しの話ではなく、音楽を聴くということがこの 20年根本的に変わってきていることの象徴的な出来事のように思えてならない。それはもしかしたらジャズ喫茶のような原音になるべく忠実に再生するようなことがオーディオの機能ではなくなり、ウォークマンの出現とともに空気を振動させるのではく個人の鼓膜を振動させるのが音楽になったころから、言い換えるなら空気の振動を介して皆と場を共有するのではなく、他人を遮断する機能を音楽が備えたころから徐々にはじまった現象なのかもしれない。

今、iPODだけでカバー出来る音楽に、わたしの生理の部分が理屈にならない悲鳴をあげている。悲鳴の理由は、たとえば自然回帰のナチュラリストの話とか、原音主義者の話とかではない。無論わたしはMP3も沢山聴くし、それで楽しめる音楽も沢山ある。問題は、これらの音楽を聴くときの、細馬さんが「メソッド」と呼ぶようなものに対する無抵抗ぶり、というか無感覚ぶりへの悲鳴なのかもしれない。なぜなら、それは、たとえば人間が自分とは違う異種の文化に対して、生理の部分で差別をしてしまう感性ととてもシンクロしているような気がするからだ。これについては、まだまだわからないことだらけ、疲労困憊のツアーミュージシャンの試行錯誤はつづく。

「 音響とはなんだったのか 1」

どうも、お元気ですか?

今はサンフランシスコのアスフォデルのオフィスからです。これから、ここに2週間とまりこんで、ソロDVDの撮影と録音です。ここは初夏のような天気と気温で気持ちいいのですが、でも体のほうは相変わらずガタガタのままで、1月にぎっくり腰をやったばかりなのに、先週ウイーンからもどってきて再びぎっくり腰になってしまいました。で、そのまんまの腰でサンフランシスコへ。昨年の頚椎ヘルニアといい、もう本当に体のことを考えないとやばいっす。と自分なりに深刻に考えて8月中旬以降、年内の欧米の仕事は全てキャンセル、これから1年のうち4ヶ月以上は続けて日本にいることにしました。とはいえ8月まではもうキャンセルできない仕事がびっしり入っているので、なんとかだましだましでも乗りきらなくは…。

「聴く」の連載はアンケートの回を終え、いよいよ第一部のラストパートに突入にします。まだまだ練ってない原稿ですが、とりあえず第1稿ということで。

これまで3回にわたって、さまざまなミュージシャンがステージで何を聴いているかの回答を掲載してきた。ではわたしの場合はどうか。さんざん人に聞いておきながら、実は、これはとても難しい質問で、正直のところよくわからない。わからないからこそ皆に聞いてみようと思った…とも言える。

たとえば皆さんが会話をしているところを想像してほしい。このときいったい僕等は相手の何を聞いているのだろうか? 考えれば考えるほど難しい。相手の声を聞いているのは間違いない。でもそれは決して文字にできるような言語的な意味だけを聞き取っているのではない。たとえば、おなじ「こまるなあ」という発言でも、その中の声質やアクセントあるいは表情なんかの視覚的な要素を全てみながら、状況の前後関係や、それまでのその人との関係をみて、そうは言っているけど、結構喜んでるのか、あるいは、本当に迷惑なのかを人間は見分けられるようにできている。しかもそれはほぼ瞬時に、いちいち理屈で判断したりするのではなく、無意識にそういう判断をして会話をすすめているのが普通だろう。だからいざ、いったい会話をする際に何を聞いているのか…という問いを改めてしてみると難しい。もちろん、シンプルに「相手の声を聞いている」のは確かだけれど、それ以上に複雑なことを僕等は当たり前のように毎日こなしている。しかも意識せずに。

ステージの上で起こっていることは、厳密には言語を介した会話とは異なる。とはいえ、両者には類似点も沢山あって、特に即興演奏においては、会話と似たようなことが随所に起っているように思える。両者は、発音する者と、それを受け取る者の関係によって成り立つという点でそっくりだ。また音の規則性の解釈によってその関係が成り立つところも良く似ている。ただ会話と異なるのは、どこまでが音楽なのかというのが人によって様々だということだ。会話であれば、はっきりと言語といえるような共通言語コードを音声の中に見出しているけれど、こと音楽の場合は、共通と思われる音楽的な文化コードを持った者同士でさえ、この部分があいまいなうえに、共通した文化コードのない者同士でもコミュニケーションが言語以上に容易に成り立つ場合もあったりする。言い換えれば、言語が明らかに明確な意味を伝えることが出来るのに対して、音楽自体には明確な意味を伝える機能が(アフリカあたりの一部の音楽を除き)なくて、むしろ音楽は、そういった機能以前の、音そのものを伝えながら、もう少しプリミティブな感情なり、肉体的な衝動に直接かかわるような、なにかだとも言えそうだ。

単に聴くぶんにはどんな音楽でも容易に楽しめたりするが、ことそれを演奏する…ということになると話は別で、「聴く」を考えるときにも、単に楽しむ場合と同じにはかんがえられない側面も出てくる。おそらく多くの音楽家は、音楽をある規則をもった言語のような体系としてとらえてステージ上で音を聴いている。これが通常の音楽家のステージ上での無意識な態度であることは間違いないだろう。ある音楽には、どんな音楽でも、かならず文法なり作法ともいえるような法則や方法があって、それを学習しなければ演奏者としては参加出来ないからだ。が、前回までのアンケートをみてもわかるとおり、今現在、単純に音楽言語だけを聴いて音楽をやっている演奏家のほうが、わたしのまわりではむしろ少なかったりするのも事実だ。ここには、実は音楽の法則というものが言語と同じくらい多種多様で、言語同様、異なる法則から成り立つ異種の音楽が世界中には山のようにあることを僕等は知ってしまっている…という現実、さらに加えて、ある時代以降、とりわけサブカルチャーの勃興以降の音楽は、過去につくられた音楽言語体系だけから成り立っているわけではなく、様々な音響現象を音楽の一部として取り込んできていることが作用しているように思う。皆が同じ言葉を話しているとはかぎらない…という現実が、音楽の世界では、実生活以上に起っている上に、かならずしも共通の言語をもちいなくても、むしろ新しい音の肌触りがかえって何かを伝えるような文化の中で僕等は育ってきているのだ。

このことに最初に演奏家としてラディカルな態度を表明したのはデレク・ベイリーだ。彼の言うノンイディオマティック・インプロヴィゼーションとは、まさに、無意識にやりとりされる音楽言語を演奏者の側から相対化する試みだった。すでに歴史的に用意された音楽言語を使って演奏するのではなく、なるべくそうしたことを使わずに、これまで音楽言語になりえたようなものを禁じ手にまでして、徹底的に非言語的な即興演奏をしようとしたのが、彼の当初の目論見だったように思う。共通の音楽言語体系を使わずに演奏するためには、どうしても即興で毎回更新しつづけなくてはならなかった。即興の必然もそこにある。ところが彼のやっていることの本当の意味が理解される前に、非ジャス的な即興演奏の方法として、このノンイディオマティック・インプロヴィゼーションは流通、普及してしまった。この方法を使えばどんな音楽とも共演可能だ…という部分も作用して、ノンイディオマティック・インプロヴィゼーションは、閉じてしまったフリージャズの方法に対して、あらたな地平を見せてくれた一方で、コスモポリタン的な都市即興音楽のひとつの言語体系にすらなってしまった。問題なのは非ジャズ的に即興演奏することでもないし、フリージャズや現代音楽に対する新たな世界をつくるのが目的でもなかったはずだ。音楽家も演奏する際に言語をしゃべるように自分の音楽言語を話し、聴いているわけで、それは言語と同様に、自分の所属する民族なり、サークルなりの閉じた体系でしかなく、このことにもう少し自覚的になることで、音楽言語の体系によらない演奏が可能なのではないか…というのがベイリーの初心だったように思うからだ。だから彼があたらしい即興体系の発明者となり、その体系のようなものを演奏する人達が多数現れある世界が出来上がってしまった時点で、ベイリーの初心は挫折 したことになるように私には思えた。

わたしの身の回りで、この事態(ノンイディオマティックの出現と挫折)を最初にラディカルに意識した音楽家は、おそらく90年代後半の杉本拓や吉田アミ、Sachiko M等だったように思う。彼、彼女達の態度も、音楽が安易に言語的にやり取りされることへの強烈な異議のように、わたしには思えた。さほどベイリーの影響を受けていなかった、あるいはベイリーの挫折を発展的に継承したわけではない彼、彼女等がなぜこういう音楽に至ったのかは興味深いところだけれど、その辺の経緯はひとまず置いておく。が、なにより、わたしの興味をひいたのは、やはり彼、彼女達の音楽がベイリー以降のノンイディオムの問題に正面からかかわっているからだった。おりしも音響ブームの到来で彼、彼女等の音楽を、その範疇でとらえるような傾向もあって(なにより、わたしもこの「音響」という言葉を結果的にみれば利用してまった戦犯でもある)、彼、彼女等の名前はまたたく間に「ONKYO」の言葉とともに欧米に発信されたが、しかし、杉本や吉田アミ、Sachiko M等のやっていたことは、日本の音響ブームとはほとんど無関係な音楽だったのではないだろうか。多くの「音響」と呼ばれる音楽が耳やさしいこれまでにないテイストの音色をベースにしたものをさしたのに対して、彼、彼女等の音楽は明らかにそれとは次元のことなるものであったし、なによりまず何かをベースにするという概念がその音楽にはそもそもない。ここで言うベースは音程のことではない。ある音楽の中心点となるような構造のことで、たとえばそれがコードであったり、リズムであったり、メロディであったり、あるいは音色であってもいい。おそらく「音響」と呼ばれた音楽の多くはこの「音色」を他の要素よりもより中心に置いた音楽のことだったように思う。その部分の新しさは確かにあったし、素敵な音楽が多くあったのも事実だけれど、この、ある中心点を設定して、それをもとに音楽を構成していく、というような方法…そもそも音楽のほとんどはそういうもので出来ている…をベースと呼ぶとして、そもそも杉本達の音楽には、ベースの上になにかが乗っかる、ある中心を設定してなにかを構築していく…というような構造がないか、きわめて希薄だ。それでも音楽である以上時間軸にそった音の変化、あるいは変化のしなさで成り立ってはいる。が、そこで生まれるストラクチャーに大きな意味がそもそもないような音楽、あるいはストラクチャーがあったとしても認識しにくすぎてそれが意味をもってないような音楽を、彼、彼女達は最大限の注意をはらいながら演奏しているのだ。だからそもそも通常の音楽が持つ規則性が希薄で、聴き手が規則性をさぐることにも大きな意味がない。時間経過というよりは、定常的な音による空間的なデザインの側面もとりわけSachiko Mの音楽にはあったりして、これもベースというよりは、ある状態を作っているだけと考えたほうがいい(彼女が現在インスタレーションに向かうのは必然のように思う)。いずれにしろ彼、彼女等のやろうとしたことはベイリーのノンイディオムの方法からもう一歩ふみだして、ではいったい人間はなぜ、どうやって音楽を認識してしまうのか…という聴き手の存在まで掘り下げての異議提出であったように思う。ベイリーがあくまでも、それを演奏によって解決しようとしたのに対して、演奏と同時にそれが聴かれることによっておこる様々な出来事に対してもより意識的になったのが、そのなによりの証拠だろう。

音楽は演奏されることによって生まれるのではなく、どんな音であろうとそれを聴く人が音楽だと感じてしまった時点で音楽になる…というところが出発点の挑戦。この部分が演奏者の側の言語更新で新しい方法を探究してきた従来の欧州の即興演奏と、彼、彼女等の最大の違いだったように思う。流行の「音響」と呼ばれる音楽がリスニングに重点を置いていた点で、この部分では確かに共通した傾向をもっていたのも事実だ。だが、やはりその本質的な音楽の成り立ち方において従来の音楽構造をそのまま流用しつつ音色の更新に重点を置いていた「音響」の音楽と、彼等のやっていたことは明らかに違う。中村としまるや秋山徹次等も含む彼、彼女等のこの数年の試みとその進化にはそんな側面もあったように思う。だからこそ、杉本拓とラドゥ・マルファッティの共演では、あまりの無音部分の多さに空調の音なのか、演奏の音なのかわからなくなるような事態がおこったり、Sachiko Mの音楽では、耳を澄ませば澄ますほど音楽として発せられた以外の音が陰画のように浮き出てしまう事態までおこったりする。どこまでが音楽かということは、演奏する側ではなく、聴く側の判断にまかされている音楽…あるいは、どこまでが音楽か、という問い自体に違和感を感じさせてしまう音楽。私にとって彼、彼女等の最大の新しさと面白さはそこにある。

「即興演奏とイディオム1」~マルタン・テトロ、あるいはデレク・ベイリー(後半)

前回、前々回の内容は、レコードを使わずに、ターンテーブルやカートリッジの持つノイズや接触不良音等の音の質、あるいは音のテクスチャーのようなものだけで音楽が成立しているマルタン。1997年のライブ演奏をもとに、「音を並列にならべて音楽を構成していくのではなく、垂直に存在する音だけを考えて即興する…」方法を検討。さらにはデレク・ベイリーのやってきたイディオムを回避するような即興との関連と、その差異について述べてきた。今回はなぜそんな、まわりくどいことをしているのかという根本的な部分について考えてみたい。

マルタンにしても、ベイリーにしても、なぜこんなやっかいで、手間のかかる方法を使って、ある種わかりにくい音楽を作るのだろう。同じ即興でも、多少の起承転結をつけるとか、なんらかのとっかかりになるような和声とかがあったほうがわかりやすいし、事実フリージャズを始めとする多くの即興演奏やノイズ・ミュージックにはそうしたものが存在したり従来の音楽の持つ祝祭的な要素があってカタルシスを感じるとかするものだが、マルタンやベイリーの音楽は最初から音楽のそういう部分を拒否しているようなところさえある。ベイリーの書いた『インプロヴィゼーション』から引用しよう。

「イディオマティック・インプロヴィゼーションをするほとんどの人にとって、そのイディオムに照らして自分の演奏が正統的であるかどうかは最重要の問題であり、第一の関心がそこにある。ところが、ここでもっとも重要だった努力の目的が、フリー・インプロヴァイザーにはないのだ。自己同定しうるスタイル上の伝統がいっさいないのだから」

ここに出でくるイディオマティック・インプロヴィゼーションとは、あるジャンルの語法を使った、あるいはその中での即興演奏のことで、ロックやフラメンコからフリージャズなどをも含む。それに対して70年代当時のベイリーが言っているフリーインプロヴィゼーションというのは、まだ歴史もほとんどなく、イディオムも見えにくく、こう演奏しなければ「フリー・インプロヴィゼーション」と呼んではいけない…といったような概念の固まる前の状態で、演奏者の多くもまだ若く、正統性などということを主張しだす前の時期の彼等の演奏のことをさす。

この一文がなぜ興味深いのかといえば、ここに「正統」という言葉が出てきているからだ。あらゆる音楽のジャンルは必ず「正統」を必要とする。これがなければジャンルが成立しないと言ってもいい。「正統」とはすなわち、元祖直系の音楽のことで、ものすごく卑近なレベルでいえば「××こそロックだ」とか「こんなのレゲエじゃないよ」みたいな、あるいは「ビバップもできないようなやつのフリーなんていんちきだ」といった類の発言に代表されるような、素朴な、しかし理屈じゃないだけに非常に強固な正統願望みたいなものを裏に感じるものから、もっと厳格に伝統音楽の世界にある世襲制のように明確に「正統」を定義したものに至るまで、音楽のジャンルはこうした類の歴史観によって成立しているものだ。「異端」といわれるようなミュージシャンがもてはやされるのも「正統」があることの裏返しだ。

ジャンルの話をしだすと、必ず思い出すのが民族の話だ。民族というのも、いつの時代にか作られた(多くは捏造された)歴史観を無意識に受け入れて「正統」をつくることで成立する概念で、だから民族には異端者が必要で「異端」があるからこそ「正統」も存在出来る。その民族の「正統」を保障するいくつかの要素の中でも特に強いのが人種と言葉のなまりで、顔やなまりが正統な流れかどうかを人間はすぐにかぎ分けてしまうくせがある。標準語は単に共通語がないと不便だから作られたのではない。「正統」を生むためには中心になるものが必要なのだ。

音楽もこれと同じだ。

ある音楽が生まれたとたんに、いつでもこの中心点が生まれてしまう。チャーリー・パーカーの語法との距離でジャズの正統性をを見たい人にとっては「白人のジャズなんて…」にもなるし「ビバップもできないようなやつのフリーなんていんちきだ」になる。ベイリーは即興からイディオムを廃するなかで、この「正統」という考え方からも自由に なろうとしていた。これは私流に解釈すれば、演奏者による脱民族主義宣言に他ならない。

ここで佐々木敦が昨年の東京でのアーストワイル・フェスティバルのライブ音源が集められたBOXセットによせた文章の一部を引用しよう。

「90年代以降のフリー・インプロヴィゼーションが直面してきた問題は、簡潔に述べれば、次のひとつの問いに集約される。すなわち、いかにして演奏しないか? その前段階として、(かつてベイリーが予告したように)イディオマティックとノン・イディオマティックとの果てなき循環、闘争の歴史があった。イディオムとは弾かれる傍から形成されてゆくものである。ある時誰かが(ことによると偶然に?)鳴らした一音は、その場でイディオムになる。次にその誰かが、あるいは別の誰かが、その一音の記憶を踏まえて鳴らす一音はもちろん常に別の音ではあっても、イディオムとの関係性、アーカイヴへの参照系を抜きにしては、もはや成立し得ない」

ベイリーが考えたノンイディオムという概念は、確かに音楽の、即興演奏の可能性を提示し、その後に多大な影響を及ぼしたけれども、ノンイディオムな演奏は、演奏されてしまった時点で次のイディオムを生むという循環を生んでしまった。聴き手が常に何かを認識してしまう以上、ノンイディオムであり続けること、言い換えるなら無垢な状態でい続けることは不可能だ。ベイリーが『インプロヴィゼーション』を書いた70年代とは異なり、今や、ベイリー等が初めた即興演奏すらフリー・インプロヴィゼーションという名のイディオマティック・インプロヴィゼーションになっている…と言っても間違いではないだろう。マルタンがやろうとしたのは、この聴き手が何かを認識してしまう」ということへの挑戦でもあった。それはベイリーが演奏することによって脱民族宣言をしたのとは逆の方向、つまりは聴き手のの認識を問題にするために「いかに演奏しないか」という方向の脱民族宣言だったと言ってもいいだろう。これまでの概念では認識出来ない音楽。マルタンがそれをやった97年あたりを境に「いかに演奏しないか」という方向の演奏がでてきたのもその流れだ。マルタンは97年当時、「いかに演奏しないか」をターンテーブルからレコードを取り去ることによって実践しようとしていた。それはその後にでてくる「いかに音を出さないか」の前段階のようでもあり、あるいは違うベクトルとも言える。音を出さないのではなく、なるべく演奏と言えるような要素を廃したのだ。それによって並行に流れる音の連なりの物語から垂直な音のテクスチャーへとマルタンは移行しようとした。

97年のマルタンの演奏はまさにそんな演奏だった。だからストリート的なアバンギャルド中心の音楽が並ぶフェスの中でも彼は異端者扱いだった。本来なら異端を生まないような音楽だと思われていたユートピアですら簡単に「正統」はつくられ「歴史」が生まれていく。私はそういう考え方には非常に抵抗を感じる。それは例えば日本民族の名のもとに、日本在住の中国人におそろしく差別的な発言を続けている石原都知事をまったく支持できないのと同じ理由だ。私は音楽の中の小さな「民族主義」のような発想を支持できない。あるいはそういうものが意識しないうちに生まれてしまうようなあり方をなんとかすべきだと思っている。現実には、本物の民族主義ほど危害を及ぼすこともないから、音楽の中の小さな民族主義に目くじらをたてる必要はないのかもしれない。実際クラシックとかジャズとか、あるいは雅楽とかの古典音楽は「正統」の存在でもってるわけだし、その世界をぶち壊せ…とはまったく思わない。そういう音楽の成り立ちかたがあってもいいと思う。ただ少なくともそういうこととは別に出てきた、新しい音楽、特に「正統」を本来求めないような音楽のなかに「正統」が生まれ、それを気付かなかったり、当たり前のように振りかざすやつらが出てくることのほうが恐ろしいと思うのだ。こういう無意識の「正統」のほうが、古典の閉じた世界の話よりよほどたちが悪い。たとえば「正統」とは関係ないと思われたフリー・インプロビゼーションやノイズ・ミュージックでさえ、あいつは「正統」じゃない…という言い方をしてしまう現場を既に皆さんは反吐がでるほど見てきているはずだ。たかだか20年、30年の歴史しかないものですらこの始末。いや、正確にはたった数年でも歴史と言えるようなものが生まれてしまう。「民族主義」はこうして実に簡単に生まれ、すぐに保守化してしまう。

イディオムを即興から消し去ろうとしたベイリーの挑戦も、前後の関係で物語を見出すように音楽を認識する平行な聴き方ではなく、前後関係の見えにくいところで垂直につくられた音の響きだけで何かを聴き取ろうとするマルタンの挑戦にも、その背景には、こうした意味が込められていると私は考えている。「正統」を生まない…それは人間が常に時間軸の中で何かを歴史的に解釈することでしか生きられない以上、イディオムを生まないのと同じくらい夢の話なのかもしれない。それでも「正統」という幻想のもたらす様々な問題(原理主義だってこの問題でもある)を考える時、私はこの問題を無視しては先に進めないと思っている。

「即興演奏とイディオム1」~マルタン・テトロについて(中編)

前回の内容は、レコードを使わずに、ターンテーブルやカートリッジの持つノイズや接触不良音等の音の質、あるいは音のテクスチャーのようなものだけで音楽が成立しているマルタンのライブに接して衝撃を受けたこと(1997年のことだ)。その演奏は「音を並列にならべて音楽を構成していくのではなく、垂直に存在する音だけを考えて即興する…」ことによって成り立っていること。さらにそれは、あるまとまったフレーズが認識されることを徹底的に排除することよって、並列にならぶ音から音楽を認識する聴取の仕方を断ち切ろうとした結果であるという話をした。

今回は、それが具体的にどういうことなのかを私自身のまとまらない思考のままに蛇行しつつ話していきたい。

ある音楽のフレーズというのは、時間の流れに沿ってあるタイミングなり、ある音程や音色の関係性なりを提示することによって初めて認識されるものだ。前回も説明したとおり、それは言語によく似ている。例えば、「か」と発音しても、前後の関係の見えないところでは、それが言語なのか、どんな意味を持つのか他者には認識できないが、「かき」と発音すれば、日本語であることや、アクセントによっておおよそ「柿」なのか「牡蠣」なのかが見えてくるし、話の前後の脈絡から「かきの営業時間は…」と連 なれば「夏季」だったのか…といった具合に見当がつくものだ。同様に、音楽のフレーズというのも、その人が過去に経験してきた音楽体験を無意識のうちに参照して、前後の脈略から理解しているのが普通だったりする。

これを逆から考えてみるとどうなるだろうか。「かき…」と発音せずに、ただ「か」とだけ発音してみる。当然言葉としてはすぐに認識することは不可能になる。したがって聞き手のほうは、相手の話につきあうのを放棄するか、あるいは、それがどういう意味なのかをイチから考えなくてはならなくなるわけだ。これを音楽でやるとどうなるか。フレーズとして認識されるような音を出さずに、ただある音を投げ出してみたとする。聴き手のほうは、そこからフレーズなり、音楽的な文脈なりが読み取れない場合は、それを音楽として聴くことを放棄してしまうか、あるいは文脈の中で音楽を聴く方法とは別の聴取方法を探し出すしかなくなる。マルタンが意図したのは、まさにこのことなのだ。

前回も書いたように、97年当時のマルタンの即興は、音色こそノイズ的ではあったけれど、いわゆるノイズ・ミュージックが持つような音圧によるカタルシスもなければ、ノイズ・ミュージック的振る舞いもなかった。かといって即興とよばれるような音楽ジャンルにある語法や、ジャズ的、あるいはロック的なやりとりや起承転結もない。ステージで演奏しているから「コンサート」の文脈にはなるのだけれど、かといって、これまでのどのタイプの音楽の文脈にも置きにくい、悪く言えばどこにもはまらない中途半端なものにすら聞こえかねない代物だった。だから客席の反応もいまいちだったのだ。だが、そこで起こっていたことは中途半端なものなどではなく、確信に満ちた出来事だったのだ。

この時、私がすぐに思い出したのは、デレク・ベイリーのレコードを初めて聴いた時のことだった。70年代後半、当時住んでいた福島のジャズ喫茶で、入ったばかりのベイリーのソロ(なんと当時はビクターから日本盤がでていた)をリクエストしてしまった時のことだ。このとき私には彼の演奏がまったく理解できなかった。すでにフリージャズを聴きだしていたにもかかわらずだ。要するに、当時のフリージャズ的な文脈では、ベイリーの起承転結もなければテーマもない、とらえどころのない演奏を理解することが出来なかったのだ。それもそのはずで、当時ベイリーがやろうとしていたのは、簡単にいってしまえば、当時存在したどんな音楽のイディオムにもたよらずに即興演奏は出来ないだろうか…という試みで、これまでの音楽の文脈を感じさせたり、暗示させたりするような演奏を細心の努力で避けつつ演奏していたのだ。

具体的にはどういう方法だったのか…以下はあくまで私なりの分析だけれど…ベイリーは演奏の中に中心点が生まれることを注意深く避けつつ演奏していたのだ。たとえば拍子というのは1拍目の音が分かるから初めてカウント出来るのだけれど、この「1拍目が分かる」というのは、その音楽の文脈なり語法を知っていて初めて可能なわけで、ベイリーの始めた即興には、その手の過去に経験してきた音楽の文脈が見えないために拍子という概念がほぼ完全に消失している。そんなのはフリージャズもそうじゃないかという反論もありそうだが、そんなことはない。フリージャズには完全にそれ以前のジャズからつらなる語法が影響していて、あきらかに拍子、あるいはそれに近いものが感じられて、その範囲の中で演奏されている。たしかにビバップのように、はっきりと全員が一致した拍子をきざんでいるわけではないが、大雑把にはビートが存在するし、当時の多くのフリージャズには明確な起承転結があって、それ以前の音楽の文脈で理解可能な要素でほぼ構成されていたといっても良い。

これは和声についても同様で、多くのフリージャズがある種の中心をもつ和声と言えるようなトーナリティを維持していたのに対して、ベイリーはこの部分でも過去の文脈からほぼ決別していた。むろんギターという和声楽器を演奏する以上、その音はなんらかの音程を示し、なんらかの和音を鳴らすことになるのだけれど、前後の文脈的なつながりを極力避けることによって和声の中心点を作ることを回避しているのだ。出鱈目に演奏したからって、そうなるものではないことは演奏してみればすぐにわかる。それでも何年か経つにしたがってベイリーのように即興をする…という文脈が出来上がり、ひとつのジャンルのようになってしまったのだが…これについては次回に。

マルタンの演奏した97年当時は、ノイズ・ミュージックというジャンルもとっくに確立していたし、ベイリーのような即興演奏も充分に歴史的なものになっていて、今更何をやったところで、どのみち何らかの文脈の中に置かれるだけだ…という空気があった時だ。そんな中で、マルタンは充分にどの文脈にもはまらないような音楽を演奏した。それは、ただ機械の発する、本来なら機材のノイズでしかないような音を選んで、それをノイズ・ミュージックのように誇張して演出するわけでもなく、まるで接触不良音をランダムに投げ出してるようにすら聞こえた。

マルタンもベイリー同様、時間軸に沿ってある音楽の文脈が見えてしまうような演奏を注意深く避けていたのだけれど、しかし、ベイリーと大きく異なるところがあった。すでに充分に語法の定まったギターという楽器でどう「即興演奏をするか…」という視点でこの難解な方法に取り組んだベイリーに対して、マルタンの場合は、彼が持ち込んだ古いターンテーブルから出てしまう半分はコントロール不能の音を前に「どう演奏するか…」という視点ではなく、あるいは「どう聴かせるか…」という視点でもなく、もっと突き放したような、演奏者本人が「この音はこんな風に聞こえるのか」という発見を維持するような、音の響きかただけに聴取の焦点がいくような演奏を試みた…とでも言ったらいいのだろうか。ベイリーが文脈に置かれない演奏をイディオムを回避することで 実践しようとしたとすれば、マルタンの場合は、まずは演奏という要素をなるべく廃し、音の響き方のバリエーションだけを無造作に投げ出すような方法を取ったと言えるのではないだろうか。さらに言えば演奏者が演奏によって難解な問いを解く姿をステージに乗せるのではなく、演奏する人も聴く人も等しく同じ聴衆として同じ音を聴きながら、いくつもの異なる聴き方を聴き手自身が発見するような音楽。私にはそう思えたのかもしれない。そして、そのことにものすごい可能性を感じたのだ。

「即興演奏とイディオム1」~マルタン・テトロについて(前半)

今回は映画の音楽について書く予定でしたが、マルタン・テトロとの欧州ツアー中にいろいろと思うところあって、即興演奏とイディオムについて書きたくなりました。この内容はいずれ前回書いた映画と聴取の問題につらなるものです。そんなわけで映画の話に入る前に、しばらく道草させてください。

この4月、わたしはケベックのターンテーブル奏者マルタン・テトロと欧州ツアーを行った。16日間で15コンサート。今はこの手のきついツアーは受けないことにしているのだけれど、マルタンだけは別だ。というのも彼との演奏はいつもなんらかの発見があって、辛い思いをするだけのことはあるからだ。

彼はもともと美術の人間で、レコード盤のコラージュをしているうちに音もコラージュしだした挙句、音楽の世界に入ってしまったところはクリスチャン・マークレイとよく似ている。僕等はすでに10年以上前にそのクリスチャンを通じてお互いの存在を知っていて、当時は2人とも慣れない英語で文通をしたりしていたのだけれど、実際に会うことになるのは95年、カナダでのことだ。その頃の彼は、切断してつないだレコードを使ってつなぎ目のぶちぶちいうリズムを全面に出して、ぎくしゃくしたビートを出しつつ生楽器奏者も加えて、すでにクリスチャンとはまったく別の、お洒落なアバンギャルド・コラージュ・ミュージックを作っていた。

しかし彼が、その化けものぶりを発揮するのは、彼が自身の作った方法を完全に捨て去った97年のことだ。忘れもしない、イタリアのボローニャ、GROUND-ZEROのラスト・ツアーの最中に、彼と同じケベックのサンプラー奏者ジアン・ラブロッセと彼のDUOを見て、わたしは腰が抜けるくらいの衝撃を受けたのだった。このとき彼はほとんど演奏にレコードを使わなかった。多少は使ったけれど、その中の音楽はほとんど使わずに、ひたすらカートリッジが拾うありとあらゆる音を利用していた。レコードのプチプチいう音は無論のこと、ターンテーブルのモーター音や、レコード盤の代わりに紙ヤスリのようなものを使って、ひたすらがさがさビービーいうだけの音を演奏していた。ジアンのほうも、マルタンの音をサンプリングしたような、極めてストイックなガサガサいう音だけ。あえて言えばノイズ・ミュージックに近い音の選択なのだけれど、いわゆる「ノイズ」とは何かが決定的に違っていた。まずパワフルだったりアナーキーな感じがまったくない。かといって、いわゆる即興やフリージャズのような展開ややりとりはほとんどない。まったく盛り上がらないし、淡々と接触不良の音みたいな、あるいは機材がこわれたような音だけが出続けているのだ。むろん会場ではほとんど彼等の演奏は理解されなかったみたいで、お客さんの反応も形式的な拍手だけだった。ブーイングするような嫌悪ももたらさなければ、パシッとくるような通常の音楽の持つカタルシスもない。ただ、その場にいた、少なくとも私とSachiko Mだけは、震撼するといってもいいくらい感動して、しばらくは動けなかったほどだ。これがその後 Filamentの音楽に至る最初のステップだったのだけれど、それについては別の機会に書きたい。

この演奏のすごさを、当時は言葉にすることが出来なかった。ただ何か今までにない新しい事態が起こっていて、それは私にとって感動するくらい素晴らしいものだってことが分かっただけだった。当時わたしはどこかの雑誌に、彼等の演奏について、レコードの中の音楽というメモリーを一切使ってない、カートリッジの音だけをクローズアップした音楽…みたいなことを書いたかもしれない。無論それも重要なファクターだった。でも今考えると、そういうことが問題なのではなく、一番根幹にあった私の感動を呼び起こしたものの正体は、音の質、あるいは音のテクスチャーのようなものだけで音楽が成立していたことだったように思う。マルタンはこのとき、「音を並列にならべて音楽を構成していくのではなく、垂直に存在する音だけを考えて即興している…」みたいなことを言っていた。

もう少し分かりやすく説明しよう。音質や音のテクスチャーのようなものだけで、あるいは垂直な音だけで即興演奏が成立している…というのは、どういうことなのだろう。これを考えるには、まずは音楽というものが、どのように聴かれ、どのように認識されるのかということから考える必要がある。たとえば、通常演奏するにあたって、出した音が音楽として成立するためには、その音が前後のつらなりの中で、ある音楽的な意味を持つことが必要で、これを言葉におきかえれば、やや乱暴な例だけれど、「い」と一音発した場合、前後の文脈がないと言葉としては機能しづらいばかりか何語かすら見えないが、これが「どこが痛いの?」という質問の後だというのがわかれば日本語で「胃」だとすぐ分かるし、「胃…がしくしく痛くて」となればさらにその意味は明確になる…みたいな感じで、実は音楽も前後の文脈の中で、音がある音楽的なボキャブラリーの中に組み込まれて理解されているのが通常なのだ。例えばピアノが「ミ」の音を一音出しても、それは了解不能だったりするのだが、前後の音程やリズム、あるいは他の楽器との兼ね合いの中で「ミ」の音の意味が見えてくる…みたいなことが瞬間瞬間に起こって、これを演奏者と聴き手、あるいは踊り手が共有することで、ある音が、どんな種類の音楽か了解され成立するというのが、通常僕等が「音楽」と呼ぶものの正体だ。この場合、音楽は時間軸の中の並列的な音の並びを中心に認識されることになる。したがって、一音よりも、あるまとまったフレーズが認識されることが、この場合重要だったりするのだ。ところが、マルタン等がやったのは、このあるまとまったフレーズが認識されることを徹底的に排除することだったのだのだ。排除することによって、並列にならぶ音から音楽を認識する聴取の仕方を断ち切ろうとした。結果的に私たちの耳にあらわになるのは、瞬間瞬間の音の質感、テクスチャーのようなもので、これを彼は垂直な音と呼んだのだ。

ラドゥ・マルファッティ、杉本拓との共演

12月10日、六本木に新しくできたスペース「スーパー・デラックス」で、トロンボーンのラドゥ・マルファッティ、ギターの杉本拓の二人と共演した。今回からは映画の効果音を参照しつつ話を進める予定だったが、この時の共演での出来事があまりにも印象的だったので、この話を先にしたいと思う。

この共演の1が月前、わたしはオーストリアでラドゥの演奏を聴く機会があった。共演はターンテーブルのdieb13。その時の経験を言葉にしてしまえば、約1時間の演奏中、音が聞こえてきたのは数える程度で、しかもそのほとんどは息の音とトロンボーンの音の中間のような超弱音に、かすかなターンテーブルのヒス・ノイズのような音で…といった具合に簡単に説明できてしまうのだけれど、そんな説明では、そこで起こった出来 事をほとんどまったく何も説明していないに等しい。確かにステージで起こっていたのはそれだけなのだけれど、問題はこの極端にミニマルな演奏会の中にいてわたし自身に起こった出来事のほうなのだ。

この手のコンサートに出くわすとまず起こるのは、耳が神経質なくらい敏感に開くことで、最初はちょっとした客席の椅子の音やら洋服のすれる音、外の車の音なんかも非常に気になったりするのだけれど、ある時間、恐らくは2~30分くらいを超えたあたりから、そういう演奏以外のノイズも含めて、音と音の境界がぼやけて、ある種、ありとあらゆる音が溶けたような独特の体験を耳がしだすのだ。こうなってくると俄然面白くなってくる。ネガとポジの反転に例えればいいのだろうか。演奏と演奏以外の音の関係では確かにそういう理屈になるのだけれど、感覚的には2つの同じような平面写真を遠近感をずらして見ることで立体のように見える錯覚が起こる立体視の感覚に近い。音の遠近感がぼやけてきて、それがトローンボーンの音も、車の通過音も、ほとんど同じような距離感というか、浮遊した感じになってくるのだ。これはちょうどこの連載で触れた高橋悠治さんのワークショップで経験した、あの「音が溶け出す」現象に極めて近い。唯一の違いは、日常の音だけではなく、演奏によって起こった音がそこに介在していることと、コンサートという場でそれが起こっていることだ。

コンサートでこの種の体験をしたのはこれが初めてというわけではない。ジョン・ティルバリーがモートン・フェルドマンの曲を演奏するときや、Sachiko Mのソロ、それに杉本拓の作品でも何度かこの経験をしている。その上に悠治さんのワークショップでの体験。こうした経験がなかったら、もしかしたら、わたしはラドゥのコンサートを見て面白がれなかったかもしれない。演奏を聴いているのか環境音を聴いているのか、その境界すらあいまいで、ぼや~んと全体を楽しむような、ある種サイケデリックなトリップ感。Sachiko Mやジョン・ティルバリーがサイン波やピアノの長い余韻によってそれ以外の音を浮き出させてしまうことによって演奏とそれ以外の音の境界が溶け出すのとは対照的に、ラドゥの場合はもっと漠然と、あまりに音の間隔があくことによって音と音の境界があいまいになる感じ、あるいは2つの音の関連に意識がいかなくなり、相対的にそれ以外の音の存在がでてくる感じとでも言ったらいいのだろうか。これは、その場の音を全てコントロール下に置く大音量の音楽や、無響室的な空間を必要とするような音楽とは正反対の発想だ。

ここまでが、まずは彼のコンサートに聴き手として立ち会った時の経験。で、この後書くのは、共演者として立ち会った時の感想だ。といっても、実は聴き手として立ち会ったときと、そう大きくは違わなかった。というか、まったく同じだったのだ。スーパー・デラックスの時もオーストリアで見たのと同様、音は数えるほどしかなかった。演奏がはじまって3分以上たっているのに誰も音を出さない。4分近くたって初めてわたしがギターで聞えるかどうかぎりぎりの音を1音。次いでカートリッジのかわりに針金を使ったアコースティックのターンテーブルを使って高域の持続音を、5分すぎにやっとラドゥはロングトーンを…って具合だ。この時は10分を過ぎたあたりから早くも音が溶け出していた。30分過ぎには、もう完全に遠近感崩壊の世界になって日常の音、冷蔵庫の音、あらゆる音とラドゥのトロンボーンの音が等価に溶けていて、私は冷蔵庫の音や地下鉄の音と、ラドゥや杉本の音それぞれと、なんの区別も境界もなく共演したり、音を当てて楽しんだりしていた。お客さんの中には同時に音を出さないように作曲されているのではと勘違いした人もいたようだけれど、そんなことはなくて、実は3人が冷蔵庫の音にあわせて同時に音を出したところもあったし、恐らく3人とも地下鉄や客の出す音も含めて、様々な時間軸をあてつつ、音を出していたはずだ。あまりにも面白くて、いろんな音が聞こえ出してしまい72分があっという間に過ぎてしまった。

現時点ではこの境地になるには、私の場合やはりどうしても、あの長い長い沈黙が必要で、この間に耳が非日常的に開かれていく中で、あの独特の感じが得られる気がしている。ケージの「4分33秒」では短すぎてとてもこうはいかない(注)。正直のところ、わたしのこういう聴き方、解釈がラドゥや杉本の音楽を的確に捉えているのかどうか、まったく自信がない。ただ、少なくともわたしはそう感じて共演していたし、オーストリアで客席にいたときも、同じように感じていた。彼らの音楽では明らかに客席も共犯者なのだ。それは音楽家が聴衆に同じように聞える音楽を提供し、場を共有するという、これまでの音楽とはちょっと違って、多分その場にいる人達は皆違う音の聴き方をしていて、ただ唯一そういう空間を共有し、皆で何かを創り出すというある種強い意思による結びつきだけで成立していているような場とでもいったらいいのだろうか。

演奏の後、あれは作曲なのか即興なのかと何人かの人から質問を受けたけれど、正直これも答えがわからない。どちらでもあるし、どちらでもない。音楽をある方向に持って行くことを事前になんらかの方法で決めてコンセンサスをとることを作曲と呼ぶなら、あの日の演奏は明らかに作曲だ。ただ僕らは事前に一切言葉の上では打ち合わせはしていない。唯一決めたのは72分という時間だけだ。それでも、今日の音楽をどうするかという取り決めは、わたしはあったと思っている。それは多分3人の相互理解の中でどういう空間をある共通の時間の中で創り出すのかというコンセンサスといってもいいし、もっと言えば会場にいたひとたちと共にある作品を演奏したと言ってもいいのではないだろうか。

このコンサートの後、わたしは友人のミュージシャンやアーティスト何人かとラドゥのコンサートについて何度か話をしている。かならずしも肯定的な意見ばかりではない。あそこまで行く必要があるのだろうか…という素朴な疑問も含めて、いろいろな意見が噴出、それだけあのコンサートが強烈に印象に残ったことだけは確かで、1つのコンサートでこれだけ意見を交わすのも珍しいことではないだろうか。

とりあえず体験する意味はある…という誘い方をわたしはしたけれど、まずは体験しないことには話にならないしってのもあって、ああいう誘い方をした。杉本やラドゥの音楽はCDで聴くのとライヴとでははまったく別のもという気がするのだ。それに「あそこまで…」のことを理屈じゃなくて実際にやる人が世界中に最低でも2人くらいはいるってのはこの世にとって豊かなことだと思っている。わたし一人では絶対にあの場所に行けないし、あの日の数十人のお客さんがいなくても行くことの出来ない場所だったのではないだろうか。それは多分杉本やラドゥにとってもスーパー・デラックスでの世界が、わたしやお客さん抜きでは行けない場所だったんではないだろうか。もしそうなら、こんな嬉しいことはない。

個人的な素朴な感想を言うなら、あの日は72分が短すぎるくらい楽しかったことと、その後の打ち上げもやたらと楽しかったこと。そして一番重要なのは、あのコンサートの後、わたし自身のコンサートでも、明らかにステージ上での音に対する、あるいは演奏の振る舞いが変化したことなのだが、これについてはもう少し時間をかけた中で発酵していくような体験だったと思っている。

(注)ケージの「4分33秒」は、実際は演奏時間が正確に決められているわけではなく、もっと長い時間演奏されることが多かったと聞く。

「音を認識する?」

普通僕らが聴くことに意識的になろうとすると、大抵問題にするのは集中して聴くことだったりする。通常以上に意識を研ぎ澄まして、ある音に集中したり、遠くのかすかな音に焦点を当てて聴き取ったり、可聴域ぎりぎりの低周波や高周波を聴き取ったりって具合に。無論こういう訓練をしたり、訓練までいかなくても日常的に聴くことに意識的になるようにしていると、この手の集中して聴く能力は、思ったより結構簡単にアップする。ちょっと集中すれば、ほとんど音なんてないと思っていたあなたの部屋に、実は沢山の音が溢れていることに容易に気付くことだろう。人間には本来意識的にあ る音に強力なフォーカスを当ててクローズアップする能力が備わっ ている。

前回この連載で触れた高橋悠治さんのワークショップがわたしにとって画期的だったのは、この意識的な集中した聴取とはまったく間逆の、むしろ意識を集中しない聴取をやったことにある。だいたい僕らの世代はなんでもそうだけれど、頑張ることで結果が得られるのだと無意識のレベルで思ってしまうところがあって、なにかをよりよく聴き取るとしたら頑張って集中すべきだと、なんの疑問もなく思ってしまいがちだ。ところがこれが大きな落とし穴で、集中して聴くことで聞こえる音と、逆に集中することで聞こえなくなる音があるのだ。集中して聴くという行為には、聴いた物をあるまとまった意味として認識して、他の音とは強烈かつ強引に区別してカテゴライズしてしまうという脳内の行為と切っても切り離せない関係にある。この脳内音響識別認識ソフトのようなものが駆動しだすと、一度認識された枠組みを外すのは大変難しくなる。ある音を意味として認識したとたんに、その音そのものを聴いているのではなく、あるまとまった意味のほうに音そのもより力点が移る…とでもいったらいいだろうか。悠治さんがやった、ぼや~んと聴くという訓練は、これとはまったく逆の、なるべく音から意味を発見しないように、あるいは音の背景にあるまとまった何かを見つけてしまわないように、脳内音響識別認識ソフトの駆動を阻止したりコントロールしたりする訓練に他ならない。このソフトが駆動しないことによって、僕等は、意味や認識から逆算して聴いたことにしていた音が、実は非常に荒っぽく強引に音と音の境界にボーダーをひいて、あいまいな音を聴かなかったことにしたり、実際に聞こえている音とは異なる音響地図を脳内で作っていたのだということに気付くことになる。

前回のステージにおける演奏とサイン波の話にもどそう。演奏家Aは非常に優れたミュージシャンで無論耳も良い。ところが、彼はステージで6~10KHzの高周波のサイン波が鳴っていることに気付いていなかったという話だ。前の話に照らし合わせると、彼はステージにおいて、脳内音響識別認識ソフトを駆動して音楽語法の範囲内の音の みのを認識して演奏していたことになる。つまりは、語法とは関係のない音の存在を無意識のうちに退けていたのだ。なんて偏狭な…などと思ってはいけない。これは僕等が日常やっている当たり前の行為、つまりは誰かと会話するときに当たり前のようにやっている行為なのだ。相手の話を意味として認識するためには、この脳内音響識別認識ソフトの中でも特に強力な識別能力を持つ言語認識ソフトとでも言えそうなものの駆動が必要で、このソフトが動き出すと、言語として認識出来る音とそうでない音とを強烈に差別化し、しかも言語として認識される音のほうを純粋に音としては認識できないくらいにまで、特別あつかいするようなのだ。さわがしい喫茶店でも相手の声がはっきり聞こえるのはそのためだ。あるいは、仮に何かの事情で会話の中のある部分が他の音に邪魔をされて実際には聞こえていなかったとしても、それが瞬間的なものであれば、僕らはあたかもその部分が聞こえていたかのように無意識のうちに感じてしまう、というか勝手に修復してしまう。現実の音と僕らが聴いている音は実はかなり異なるのだ。演奏家Aはおそらく演奏する際にこの言語認識ソフトのようなものを駆動して音楽を解釈していたはずで、そうすると彼が音楽言語と認識したもの以外の音は、彼には音楽として認識されなくなる。多分そういう原理で、彼はサイン波の存在に気付かなかったのだ。実際に鳴っている音群=ノイズの海のなかから僕らが認識化できることなんて、実はわずかでしかなかったりするのだ。それどころか、このノイズの海に無いものすら僕らは聴い ている可能性すらある。

ビル・エヴァンスやソニー・ロリンズあたりの50年代や60年代のジャズの有名なライヴ録音を聴くと、だれでも最初に気付くのはカチャカチャいうグラスの音やら客の話声のはずだ。それもかすかな音量ではなく、ピアノと同じくらいの音量ではいっている部分すらある。この音がスタジオとは異なる空気感をだしていて、いかにもライヴという感じに貢献しているわけだけれど、今から考えると、よくもまあ、あんなざわついた中で、あれだけ緊張感ある名演が出来たもんだと思うくらいだ。無論演奏家たちは、この客席のノイズを音楽の要素とは思っていないはずで、それらを無視して演奏に集中しているわけだ。サイン波を無いものとしていた演奏家のAのように。ところが一旦録音されてしまい、全ての音が等価にレコード盤に刻まれ、それをオーディオで繰り返し再生するようになると意味はおのずと変わってくる。多分聴きなれたリスナーならあのグラスの音がなくなると、もの足りなさを感じるのではないか。いつのまにか無意識のレベルで、グラスのノイズもリスナーにとっては音楽の重要な要素になっていたのだ。これは何度も繰り返し同じ音源を聴くことで、いつもは無意識に排除していたものが意識化されてきたと見れないだろうか。さらに言えば、レコードのすれる針音も同じように音楽の要素になりえる。僕等の世代は初めてCDを聴いた時、独特のハイファイさを感じるとともに針音のない寂しさも感じたはずだ。とはいえ、その針音やグラスの音は音楽を聴いているときには、いちいちエヴァンスのピアノの音を認識するようには聴いていなかったはずだ。無くなってみて初めてわかるような存在の仕方。意識的に聴いてはいないのに、その音があることで、聴いているほうの音が逆に浮かびあがるような音の存在。本来音楽の要素ではないものが音楽の要素として溶け出す瞬間。音楽と背景のノイズのボーダーが決壊しだす瞬間。

僕らは多分間違い無く、なにかを聴く際にこの認識の仕方を様々に設定変更して状況に応じた聴取を行っている。Aにしても静かな楽屋でサイン波が流れ出せば即座に気付くはずだ。たとえば会話の際に一旦言語認識ソフトが動き出すと、言語以外の音の意味や存在にいちいち気を取られなくなるように、音楽を演奏する際にも背景のノイズのようなものはいちいち問題にしないように脳が動き出してしまう。しかし、それは聞こえていない、というのとは少し違う。人間は認識して意識化したことしか情報を受け取っていないのではない。意識していなくても針音やグラスの音を耳や体が覚えていたように、実は意識してない部分でも五感とそれにまつわるなんらかのソフトは起動しているのだ。Aがサイン波の存在に気付く以前から、サイン波が流れると彼の演奏が変わったのはそのためだ。逆に彼がサイン波に気付いてしまった以降は、おそらく彼はこの音を音楽言語として認識し出したはずで、そのことが良かったのかどうか、微妙なところだとわたしは思っている。

認識される部分だけが全てではない。認識とは別の聴取を人間は行っている。この部分を見つめることで見えてくる何か。これはノイズや聴取を考えるにあたって切っても切れない関係にあるし、ここ数年わたしが面白いと思っている音楽の全てはこのあたりのことに引っかかってくる。杉本拓やSachiko Mにわたしが驚いたのは、彼らはある時期以降、明らかにこの認識ソフトのようなものを起動するしないということに意識的になっていったことで、彼らに新しさのようなものがあるとしたら、その本質は音楽認識に関わるなにかにあるとわたしは思っている(注)。これを取り違えると、いわゆる「音響」と呼ばれる音楽を、空間を多様した音の懐石みたいな解釈になったり、音そのもに焦点をあてた「語法」みたいに表面的な解釈で終ってしまうことになるだろう。このあたりは今のわたしには、具体的に言うのは極めて難しい。それでも、このあたりがとにかくわたしの興味をくすぐるのだ。人間は自分が認識している以上のことをしていて、つまりは認識で全てをコントロールしているわけではなく、意識によって自分を把握することなんて不可能だという大げさな話にもなってくるのだけれど、この認識外聴取のようなものは、自分の立ち位置や存在、意識下の意志決定や次の行動をする上で非常に重要な役目をになっているとすら思えるのだ。ぼや~んとするなかから見えてくる何か。集中や認識力だけでは解決できない何か。意識していなくても感じている何か。この辺を次回から映画の効果音なんかを参考に考えてみようと思う。

(注)さらにこのあたりを意識的にあるいは無意識かもしれないが、推し進めているのはアネッタ・クレプスと吉田アミで、彼女達が今年出したソロCDはどちらも素晴らしかった。また、このラインでわたしは宇波拓や江崎将史の今後の動きにも注目している。

「音を溶かす」

何年か前に高橋悠治さんのワークショップに出たことがある。もう、ここには書き切れないくらい興味深い、示唆に富む話の宝庫だったのだけれど、その中でもとりわけ面白かったのは、音に集中しない聴取の訓練だった。通常僕等のような音楽家はいつでも、音に集中する訓練ばかりをしている。細部はより細部まで聴けるように、焦点を当てた音はどこまでも正確に明確に聴き取ること。そんな訓練を知らぬ間に積んでいたりするものだ。ところが悠治さんがやったことは、これとは逆の、音をぼんやりと聴く訓練なのだ。

まず悠治さんがやったのは、遠くから聞こえてくる音をいちいち認識するところから始める。車の音、カラス…といった具合に。これはいつものように音を集中して聴くという方向だ。が、別の見方をすれば、この方法は音を選別して意味として認識していることでもある。あるいは自分の知っている音を過去の記憶と参照して、その音がなんであるかを認識する作業でもある。仮に過去に経験のない音が聞こえた場合でも「飛行機っぽい音だけれど、地上がら聞こえてるし、工事の音でもないし…」といった具合に記憶と知識を総動員して音の認識が行われる。無論この能力も重要で、これが無くては人間は音からなにかを認識することが出来なくなる。

が、実は音を聴くというのは、この選別して認識する作業のことだけではないのだというのを次の訓練で思い知らされることになる。音に名前をつけずに、ある音に集中せずに、自分のいる状況全体の音をひたすら「ぼや~ん」と長時間、聴くようにするのだ。たとえば車の音が聞えたとしても、「あ、車の音だ」みたいに音に名前をつけてはいけない。やってみれば分るけど、これはなかなか難しい。すぐになにか目立つ音に気持ち が奪われてしまうし、そうでない場合も「音に名前をつけまい」という意識ばかりが勝ってしまって、ちっとも全体を耳がぼや~んと受け入れるなんて状態にならない。が、何事も辛抱…というか、こんなことをやっているとそのうち眠くなってきて、で、その瞬間、それまでバラバラに意味として聴こえてきた音が溶け出して、音と音の境目があいまいな、なんだか全体がもやもやした状態になってくるのだ。「ん? 単に眠いだけ?」とか思ったが、ま、半分はそうなのだけれど、変な意識みたいなもんが切れたおかげというか認識力が低下したおかげなのか、とにかく言葉になるような音の聴え方とは別の全体がもやもやしたものが聞こえ出したのだ。

たとえば余韻のある音が消え入る瞬間によく注意すると、その音が背景のノイズの中にグラデーションのように溶け入るのを聴くことが出来るはずだ。風鈴でもシンバルのような金属でもなんでもいい。なるべく余韻が長いもので試してみるといい。序々に音が減衰していくところに集中して聴いてみてほしい。この余韻が消えて行く時間の中でゆっくり背景のノイズが浮かび上がってくるように聴こえるはずだが、そのとき余韻と背景の音が両方聴える、クロスフェードする時間の中で余韻と背景音が溶け合う瞬間を聴くことが出来るはずだ。この音の境目があいまいな感じが、さっき書いたぼや~んと聴く方法だと、全ての音に適応される感じになってくるのだ。本来は突出した音以外は大体はそれ以外の音との境目はあいまいで、実は人間の意識やら認識能力のようなものが、ある音だけを明確に聞き出して意味として認識しているってことらしく、だからこの意 味として認識する聴取方法ではないほうの、全体をぼや~んと聴くほうの脳内ソフトをフルに起動させて、意味聴取のほうのソフトをオフにしていくと、音の境目があいまいになって、なんだかすべての音が印象派的な感じで溶け出すのだ。慣れてくると遠近感すら溶け出してくる。大げさに言えば、今自分を取り巻いている音が、まるでAMMの演奏のような感じになるのだ。あるいはまったくナチュラルな状態でちょっとドラッグっぽい感じになったというか…。いずれにしてもこれは結構楽しめる…なんて思って意識が冴え出すとまた聴こえなくなったり…。このへんはちょと立体視にも似ている。

ま、相当面白い現象には違いないので、その後私はことあるごとに、一人でもこの「音溶かし」で遊ぶようになった。で、これをやると、いつもなら聴こえない音が聴こえてきたりして、集中して音を聴くときよりも、逆にかえっていろいろな音が聴こえてくるようになるのだ。無論ステージで聴こえてくる音も、それまでとはまったく変わってきて、たとえばPAの出す高周波のノイズやらパワーアンプのファンの音やら、照明のノイズが良くも悪くも演奏と同等の音として響いてしまったり、バイブラフォンのべダルを踏むキュウキュウいう音なんかがすごく美しく聴こえたりするようになったのだ。

つまりは、音の聴き方には認識的に聴く方法(はっきりと焦点を当てる聴き方)と、非認識的とでもいうしかない、ぼやんと全体を感じるような聴き方があって、それぞれの聴き方が双方を補完しあって聴取を可能にしているってことらしいのだ。で、それまで私は音楽を聴く際に、前者の、私の価値観で音楽と認識出来るものを音楽として聴く…ってほうに偏って聴いてきたってことなのだ。だからその音楽の語法に関係のない音…照明のノイズとかペダルの音…とかにあまり意識がいってなかったのかもしれない。というか、ないものとして雑音あつかいしていたというか、認識外の音には耳が開いていなかったというか、正確には認識している音だけを把握した時点で、ある種の耳が閉じてしまうために、他の音にまで意識がいかなかったのだ。

それでも他の音はまったく聴こえていなかったかというと、そうでもないのだ。似たような例を出そう。あるバンドのある曲でわたしは、そのバンドの語法とはまったく無関係な高周波のサイン波を毎回流し続けたことがある。半年くらいしたころ、メンバーの一人が「なんかピーって鳴ってるけど、これなに?」と言い出したのだ。彼にはその音がずっと聴こえていなかったのだ。なんて耳が悪い…なんて言ってはいけない。それで も彼はあきらかに、この音の出ているときと出ていないときでは違う演奏をしているのだ。彼はただ音楽言語のレベルでその音を認識できなかった…つまり意識の上では聴こえなかったのだ。だから逆に彼がこの音をはっきりと認識してしまって以降は、サイン波のあるなしで演奏が変わることが前ほどはなくなってしまい、むしろ意識的にその音を処理する方向に変化した。

さてさて、なんでこの話を長々としたかというと前回話をしたノイズの海と、この話は多いに関係ありなのだ。どう関係あるのかは字数も尽きたので、また次回にしたいが、さしあたりこのぼやっんと全体を聴くってのをぜひ体験してみてほしい。はじめは余韻の消え入るところを聴くことから始めてもいい。出来れば突出した音の少ない比較的静かな、しかし音に遠近観のあるような環境で30分以上はやってみるといいだろう。音に 名前をつけずにぼや~んとする。かなりおもしろい経験になるはずだ。

即興と音響をめぐる10枚

Derek Bailey / Solo Guitar Volume 1 (Incus CD10)
AMM / Generative Themes (Matchless Recordings MR6)
Pita / Seven Tons for Free (Mego 009)
Sachiko M / Sine Wave Solo (Amoebic AMO-SAT-01)
秋山徹次、中村としまる、杉本拓、他 / Improvisation Meeting at the Bar Aoyama (Reset 002)
Annette Krebs & 杉本拓 / A Duo in Berlin (Slub Music SMCD05)
永田一直 / The World of Electronic Sound (Zero Gravity ZGV-005)
Gunter Muller & Jim O’Rourke / Weighting (For 4 Ears CD824)
Kevin Drumm & Martin Tetreault / Particles and Smears (Erstwhile 006)
I.S.O. (Alcohol ALISOCD)
ある音楽が音響的かどうかは、最終的には聴き手個々人の主観が決めることであるのに対して、ある演奏が即興であるかどうかを厳密に判断できるのは演奏者自身しかいない。決めたり判断することにどれだけの意味があるかは、ま、置いての話だが。

従来音楽家や聴き手はあるジャンルに所属し、それは彼らのアイディンティティに深く関係し、まるで民族のように区分されてきた。民族主義、あるいは国粋主義にも喩えられるくらいジャンルとは理屈抜きの強固な概念でもある。デレク・ベイリーらが始めた「即興」は演奏者の側からの脱民族主義宣言だったし、渋谷の一レコード店 “パリペキン” から生まれた「音響」という概念は聴き手からの脱民族主義宣言だったのではないか。それがすべてではないが、そういう側面があったのは確かだろう。

ボーダーを越えることでボーダーを固定してしまった80年代的な派手で華やかな脱ジャンルの試みとは本質的に異なり、「即興」と「音響」の交差点は、より日常的で地味で成果が見えにくいが、しかし確実に何かを変革するしぶとい戦いの最前線…なんて言い方をしたくなるくらい、面白い磁場にあふれている。

ベイリーらの「即興」が「作品」という概念の本質を揺るがしたように、聴き手から提出された「音響」の概念が「演奏」することの本質を揺るがしている。「演奏」によってしか実現しない「即興」と、それを揺るがす「音響」の間の緊張関係に私は惹かれているのかもしれない。

「即興」という言葉が示す意味はある程度は欧米や日本で共通語として通用するが、ここで言う「音響」という言葉のニュアンスが通じるのは日本のみ、しかも主に東京ローカルの方言でしかない…ってあたりも面白いポイントだ。

とまあ、こういう事を言い出すときりがない。私がどっちの言葉にも深く関わっていることは事実なので、がたがた言わずに編集部からのリクエストに答えて「即興と音響」をめぐる10枚をCD棚から選んでみることにした。「即興」だけでもなく「音響」だけでもなく、その両方に深く関わるものの中で私の好きな10枚ってところが選定基準だ。

「即興」はいまでこそジャンルを示す言葉になってしまいつまらない事になってしまったけれど、本来はもっとラディカルな概念を示す言葉だった。「音響」なる言葉も同じ運命をたどってはいるが、それでもその音楽の一部は「即興」のラディカルさを確実に現在形で受け継いでいる。デレク・ベイリーやAMMらが始めた即興演奏がここでいう「即興」の原形になっている。この偉大な先駆者たちの仕事にはすでに「音響」への視野が準備されていた。その意味で(1) (2)をまずは選んだ。ほかにも優れたアルバム、Voice Crack や MEV をはじめ取り上げなくてはならない人々は沢山いる。

(3)~(10)は今現在の音響的傾向を持つ作品の中から即興で演奏されたものばかりを選んだ。ただし(3)のみは即興で演奏されたものかどうか私には判断できない。しかし、即興や音響のみならずノイズや電子音、テクノやラップトップといった20世紀ラストのキーワードにすべて関わる作品として見逃すことは出来ない。

「音響」と「即興」がなにかに歩みよることなくひたすらラディカルに存在しているという意味で(4) Sachiko Mの8曲目は私にとって90年代の最も衝撃的な作品。そのSachiko Mをはじめとして、数多くのミュージシャンが出入りしている(5)のバー青山での秋山徹次、中村としまる、杉本拓を中心とした継続的で地味な試行錯誤こそが、この音楽の最前線であり、希望でもある(現在はバー青山から代々木オフサイトに場所を移動している)。私自身彼らから学ぶところが大きかった。その杉本拓がベルリンの新しい即興シーンと結びついた記念碑的作品が(6)。ここに参加するアネッタ・クレプスのほかにも、アンドレア・ノイマン、アクセル・ドナーらの活動には目が離せない。

元祖音響派、永田一直 (7) のレーベル運営を含む活動は、「音響」が現実から遊離した純粋培養の無菌音楽に堕しないためにも重要な意味をもつ。彼は現実との接点の中でその巨大な体と等身大の音楽のあり方を常に見つめつづけている。

(8)のジム・オルークやギュンター・ミュラーの重要性はいうまでもないだろう。彼らこそがベイリーと今日を結ぶ重要な接点だ。(9)のケビン・ドラムとマルタン・テトロはギターとターンテーブルによる即興の現時点での極北だ。演奏と音響に関わる最前線の出来事のすべてがここにはある。

(10)は私自身の「即興」にとって大きな意味を持つ作品として取り上げさせてもらった。作曲作品の「Cathode」(Tzadik TZ7051)とあわせてここでは「演奏/音響」と「即興/作曲」の意味が様々な角度から問われている。この2作で私自身の21世紀への展望が開けた。

大友良英
2000年9月東京にて